理想の暮らしを求めて 濱田庄司スタイル展…パナソニック電工汐留ミュージアム

2011年7月16日(土)~9月25日(日)
益子参考館の協力のもと、濱田庄司の生活とモダニストとしての側面を紹介。

会期:2011年7月16日(土)~9月25日(日)
休館日:月曜日(7月18日、9月19日は開館)、8月12日(金)~8月16日(火)
時間:10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)※当面は17時閉館。
会場:パナソニック電工 汐留ミュージアム
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/access/
入館料:
一般500円
65歳以上400円
大学・高校生300円
中・小学生200円
障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料

■パナソニック電工 汐留ミュージアム
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/

内容:
現代陶芸の第一人者として、そして民藝運動の中心人物として広く知られている濱田庄司(1894-1978)。しかし、濱田がモダニストであったことにこれまで焦点があてられることはあまりありませんでした。
1894年、現在の川崎市に生まれた濱田庄司は、幼いころから画才に優れ、学業も優秀でした。中学校へ進むころには工芸の道に進むことを決意、その後板谷波山の指導を請うべく東京高等工業学校へ進学し、そこで河井寬次郎の知己を得、卒業後は河合が勤める京都市陶磁器試験場に入所します。「京都で道を見つけ、英国で始まり、沖縄で学び、益子で育った」と濱田自身が語っているように、その後バーナード・リーチとともにイギリスに滞在し、帰国後の1924年、益子に移住します。同じ頃沖縄にも滞在し、壺屋焼といった沖縄の伝統的な器にも関心を寄せました。1930年には益子に近村の農家を移築して住居とし、その後1942年までに複数の民家を移築、自身の生活と作陶の場を整えていきました。
そして1925年、柳宗悦、河合とともに「民衆の工藝」を略した「民藝」という造語を生み民藝運動を展開していくことになります。
1955年には第1回重要無形文化財保持者(民芸陶器)、いわゆる人間国宝に認定され、1978年に没するまで制作意欲は衰えず、多くの器を世に送り出しました。
濱田がイギリスのセント・アイヴスに滞在したことは良く知られていますが、他にもサセックス州のディッチリングを訪ねており、ここでの経験が濱田を益子に居住させる後押しをすることになりました。
ディッチリングの工芸家村は、ロンドンから決して遠くない距離でありながらゆっくりとした時間が流れる穏やかな村で、ここではデザイナーたちが、生活も芸術活動もすべて身の回りの物事を自分の意思でデザインするという、健康で自由な生活が営まれていました。そうしたなかで、濱田はデザイナーたちを「確固たる信念と落着きを彼らの仕事と生活に持っていた。確固たる信念は頭によって得られるが、しかし落着きは良き生活の支えがなければ得られるものではない。」と評し、「良き生活」についての重要性を学び、帰国後益子での生活を選択したのでした。
「健康」あるいは「健康な美」を追求した濱田の益子での生活は全て自然に基づくもので、現在でいうところのスローライフを先駆けて実践していたといえるでしょう。

この展覧会は、モダニストとしての濱田庄司の側面を紹介するものであり、工芸と生活の結びつきを再検証するものです。
益子参考館の全面協力のもとに濱田庄司の新たな一面をご紹介いたします。
(パナソニック電工汐留ミュージアムHPより)
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/11/110716/index.html

06/28/2011